家庭の影(ヤングケアラー等)を背負う子を支える ――福祉と臨床心理をつなぐ「チーム学校」の視点

子どもの心に寄り添う先生の心理学|全20回

「毎日のように遅刻してきて,宿題も全くやってこない……」
「朝からいつも不機嫌そうで,友達に対して些細なことで攻撃的になってしまう……」

クラスの中に,このように「学校のきまり」をどうしても守れなかったり,常にピリピリとした空気をまとっていたりする子どもはいませんか?
学級経営や日々の業務に追われる先生ほど,「だらしない態度を正さなければ」「ルールを守る大切さを厳しく指導(コントロール)しなければ」と必死になってしまいがちです。
しかし,どれだけ厳しく叱っても状況は一向に改善せず,むしろ子どもとの溝が深まるばかりで,「どうしてこの子はこんなに頑ななんだろう」と途方に暮れていませんか?

しかし,福祉や臨床心理学のレンズを通して彼らの「家庭の暮らし」をのぞいてみると,そこには教室からは決して見えない,過酷な「影」が広がっています。
彼らの遅刻や不機嫌は,本人の怠けや反抗(悪意)ではありません。
実は,病気の家族の介護や幼い兄弟の世話を日常的に担っている「ヤングケアラー」であったり,児童虐待,経済的困窮,機能不全家族といった,子どもの力ではどうしようもない「家庭環境の重圧」に押しつぶされそうになっているSOSのサインなのです。
厚生労働省の実態調査では,家族の世話(ケア)をしている子どもは,中学2年生で約17人に1人(5.7%),高校2年生で約24人に1人(4.1%)と報告されています(厚生労働省, 2021)。
決して「めったにいない」問題ではないのです。

今回は,【環境・多様性編】の最終回として,家庭の課題を背負う子どもたちの心理を読み解き,教師が一人で抱え込む「指導」を卒業して,福祉と心理をつなぎながら子どもの命を守る「チーム学校(伴走型支援)」の視点を学んでいきましょう。

1.先生一人で,子どもの「家族の課題」を背負わなくていい

過酷な家庭環境を背負って教室に座っている子どもに対するアプローチの結論は,「『なぜ遅刻するの!』『なぜ宿題をやらないの!』と学校の枠組みだけで叱責(指導)するのを完全に手放し,まずはその子が背負っている生活の過酷さ(背景)を福祉的な視点で見極め,スクールカウンセラー(SC)やスクールソーシャルワーカー(SSW)といった関係機関と繋がることで,集団で子どもを支えるセーフティネット(伴走)を構築する」ということです。

ヤングケアラーや虐待,困窮といった問題は,子ども本人の努力や,担任一人の「指導力・情熱」で解決できるレベルの課題ではありません。
それは,社会福祉や行政,医療が介入すべき「構造的な問題」です。

教師がここで「全部自分でなんとかしなければ」と抱え込み,学校のルール通りにペナルティを与え続けると,子どもは学校という唯一の「安全な居場所」すら失い,社会的に完全に孤立してしまいます。

教師が「ルールを守らせる審判」であることを辞め,「福祉や専門家へと命を繋ぐゲートキーパー(伴走者)」へとシフトすることが,子どもの今と未来の命を救う唯一の道となります。

2.なぜ学校の指導だけでは届かないのか ――生態学的システム論とトラウマインフォームドケア

子どもの問題行動の背景にある家庭の課題に対し,教師個人による指導が通用しない理由と,他機関との連携(伴走)が必要な根拠は,福祉・心理学における重要な理論から説明できます。

① ブロンフェンブレンナーの「生態学的システム論(Ecological Systems Theory)」

アメリカの発達心理学者ユーリー・ブロンフェンブレンナーは,子どもの発達は個人だけの問題ではなく,それを取り巻く複数の環境システムとの相互作用によって決まると提唱しました(Bronfenbrenner, 1979)。

  • マイクロシステム: 子どもが直接関わる「家庭」や「教室」
  • メゾシステム: 「家庭と学校のつながり(連携)」
  • エクソシステム: 親の職場や「地域の福祉制度」
  • マクロシステム: 法律や文化,社会全体の価値観(Bronfenbrenner, 1979)

ヤングケアラーや困窮を抱える子は,最も身近な「家庭(マイクロシステム)」が正常に機能していません。
その結果,もう一つのマイクロシステムである「教室」での行動(遅刻や不機嫌)に歪みが生じます。
この歪みを解決するためには,教師が教室の中だけで注意するのではなく,学校と家庭を結ぶ「メゾシステム」を動かし,地域の福祉や行政(エクソシステム)へと子どもを繋ぎ,システム全体で子どもを包み込むアプローチ(伴走)が不可欠なのです。

なお,「ヤングケアラー」という概念自体は,イギリスを中心に世界で研究が蓄積されてきたものであり,現在では各国の研究・政策の対象となっています(Becker, 2007)。
日本でも,この国際的な研究潮流の中で独自の実態調査と支援の検討が進められています。

② 「トラウマインフォームドケア(TIC:Trauma-Informed Care)」と逆境的小児期体験(ACE)

近年の臨床心理学や児童福祉・精神医学の分野で,困難な背景を持つ子へのケアとして世界的に重要視されているのが「トラウマインフォームドケア(TIC)」です(Harris & Fallot, 2001)。
TICのエッセンスは,子どもの問題行動を見たときに,「この子は何をしたのか」という問題追及(指導)の視点から,「この子に何があったのか」という背景への理解(伴走)へとパラダイムシフトを起こすことにあります(Harris & Fallot, 2001)。

その理論的基礎となったのが,ACE(Adverse Childhood Experiences:逆境的小児期体験)研究です。
小児期の虐待や家庭内機能不全などの体験は稀なものではなく,その多くが大人になってからの心身の健康に長期的な影響を及ぼすことが,大規模調査(約1万7千人を対象)によって明らかにされています(Felitti et al., 1998)。

朝から友達に攻撃的な子は,意地悪な性格なのではありません。
夜間に親の介護をしていて慢性的な睡眠不足(脳の過覚醒)であるか,あるいは家庭内で日常的な暴力を目撃しており,脳がサバイバルモード(戦うか逃げるか)になってしまっている可能性があります。
彼らに必要なのは,行動への罰ではなく,「この教室は,家とは違って絶対にあなたを攻撃しない安全な場所だよ」という,トラウマに配慮した安心感(伴走)の提供なのです。

3.家庭の影を見極める! 「チーム学校」で命を繋ぐ3ステップ・アプローチ

では,実際の現場で家庭環境に深刻な課題を抱えている可能性のある子どもに出会ったとき,伴走者としての教師はどのように動けばよいのでしょうか。
具体的な実践ステップを見てみましょう。

シチュエーション
小学校5年生の1時間目の授業。ここ数ヶ月,週に3回は1時間目の途中に遅刻してくるようになった,身だしなみも少し乱れがちな無口なNさん。宿題も未提出が続いており,教師が「遅刻しないで,宿題はちゃんとやろうね」と声をかけると,机をキッと睨みつけて黙り込んでしまう場面。

ここで従来の「指導型教師」は,「Nさん,高学年なんだから自己管理をしなさい。明日からは朝8時15分までに教室に入ること!」と,本人の努力(指導)を求めてしまいます。
背景にヤングケアラー等の課題がある場合,これは本人を絶望させるNG対応です。必要なのは,次のような伴走型支援です。

ステップ1:【枠組みの提示】学校の規律はフラットに維持しつつ,叱責やペナルティを排除する

遅刻や未提出という事実に対して,みんなの前で怒鳴ったり,居残りをさせたりするペナルティ(強いコントロール)を即座に辞めます。

教師:「Nさん,今からでも教室に入ってくれて先生嬉しいよ。授業の準備をしようね(事実のフラットな受け入れ)」

ルールを無視するのではなく,「あなたが今ここにいること」を最優先にするという,安心の枠組みを教室の中に示します。ここで示すのは,子どもを従わせるための「指導」ではなく,クラス全体で共有する安全のルールです。

ステップ2:【100%の伴走】放課後の1対1で,衣食住や生活背景に優しく耳を傾ける

休み時間や放課後,他の子に気づかれない空間で,Nさんにそっと近づきます。説教ではなく,彼女の「生活(背景)」を心配していることを伝えます(Harris & Fallot, 2001)。

教師(穏やかに):「Nさん,最近朝しんどそうだなって先生心配してたんだ。怒らないから教えて? 朝,起きるのが難しいくらい,お家でバタバタすることがあったりするのかな? 夜,ちゃんと眠れてる? ご飯は食べられてる?」

「なんで遅刻するの?」と聞くのではなく,「眠れている? ご飯は食べている?」という衣食住や体調に関する具体的な質問を投げかけます。
これにより,子どもは「あ,生活のしんどさを話してもいいんだ」と安心し,「……お母さんの具合が悪くて,朝,妹に朝ごはん作って保育園に連れて行ってから学校に来てるの」という,ヤングケアラーとしての本当のSOS(本音)を話し始めます。

ステップ3:【チーム学校による協働】一人で抱え込まず,SC・SSWや福祉機関へバトンを渡す

Nさんの背景(福祉的課題)が見極められたら,教師個人の仕事を即座に終え,「チーム学校」のシステム(Bronfenbrenner, 1979)を動かします。

教師:「そっか,Nさん,一人でそんなにたくさんのことを頑張っていたんだね。今まで気づけなくてごめんね,話してくれて本当にありがとう(受容)。Nさんは何も悪くないよ。これからは,先生や学校の専門の先生(SSW)たちと一緒に,Nさんの生活が少しでもラクになる方法(ヘルパーさんの手配など)を考えていこうね。一緒に作戦を立てよう(協働)」

学年主任や養護教諭に報告し,学校に配置されているスクールソーシャルワーカー(SSW)やスクールカウンセラー(SC)に事案を繋ぎます。SSWを通じて地域の児童相談所や福祉事務所,子ども食堂などの行政サービス(エクソシステム)と連携し,家庭全体の支援を開始します。

⚠️ 学校や学級の「成熟度」に応じた見極めのポイント

家庭に課題がある子への配慮は,クラス全体へのパブリックな見え方(見極め)に細心の注意が必要です。

  • 学級全体がまだ未成熟で,「なんでNさんだけ遅刻しても怒られないの?」と不満が出やすい時期(4月〜6月): クラスの子どもたちの前で,Nさんだけを優遇しているように見える関わり方は避けるべきです。クラス全体に対しては,「人にはそれぞれ,朝どうしても間に合わない特別な事情がある時もあるんだよ。このクラスは,理由があってみんなと違う動きになる人がいても,それを『ずるい』と責めない,あたたかいクラスにしようね」という,多様性への寛容さを育む「集団への指導」を一律に行っておく見極めが必要です。
  • Nさんの個別の深い事情(ヤングケアラーや家庭のプライバシー)については: クラスの他の子どもたちには絶対に秘密にするのが鉄則です。本人のプライドと安全を守るため,配慮のプロフェッショナル(SC・SSW)との連携は,完全に水面下のクローズドな場面で行うというシビアな空間的見極めが不可欠です。

4.すべてを背負う「孤高の教師」を辞め,命のネットワークを繋ぐ「チーム学校の伴走者」へ

若手で責任感の強い先生ほど,担当するクラスの子どもの問題は「すべて自分の学級経営の中で解決しなければならない」と思い詰め,家庭の闇に一人で立ち向かおうとして燃え尽きて(バーンアウト)しまいます。
しかし,ブロンフェンブレンナーやTICの理論が示しているように,家庭の課題を背負う子どもを救うのは,教師の個人的な熱血指導ではなく,「教育,心理,福祉が手を取り合った,多層的な社会のセーフティネット」そのものなのです。

完璧な指導者として子どものだらしなさをルールで裁くのを,いまこそ辞めてみてください。

「学校にいる時間だけは,家族の重荷を下ろして,ただの11歳の子どもに戻っていいんだよ」
「あなたの暮らしを助けてくれる大人は,職員室の外にたくさんいるからね」

そう言って,子どもを地域や社会の福祉へと優しく繋ぐ伴走者になる。

このシフトができるようになったとき,あなたは一人で悩む孤独な教師から,多くのアドバイザーに支えられた「チーム学校をつなぐ教師」へと成長していきます。
明日,もし教室でどうしてもルールを守れない,刺々しい空気をまとった子に出会ったら,どうか叱る前に,その子が家で背負っている「見えないリュックの重さ」を想像してみてください。
そして,一人で抱え込まずに,職員室の隣の席の先生やSSWに「ちょっと相談に乗ってください」と声をかけてみてください。
あなたのその繋ぐ一歩(伴走)こそが,あの子の凍りついた日常を温かく溶かす,確かな希望の光になるはずです。

【おわりに:学校現場での注意点】

  • 虐待が疑われる場合は必ず通告を:児童虐待の防止等に関する法律(第6条)では,虐待を受けたと思われる児童を発見した者は,児童相談所や市町村などへ通告する義務があります。担任としての判断に迷うときこそ,「発見者である自分が通告する」という責務を思い出してください。通告は「通報する相手が決まっている連絡」であり,個人が虐待を証明する必要はありません。
  • すでに支援につながっている家庭にも注意:児童相談所などが介入している家庭もありますが,支援から取りこぼされている児童も少なくありません。特に,見えない「家庭の影」(ヤングケアラーや機能不全家族)は,学校という安全な場がなければ発見が難しいものです。
  • 担任一人で判断しない:気になる兆候を見つけたら,養護教諭,学年主任,特別支援教育コーディネーター(もしくは生徒指導担当),管理職へ速やかに情報共有し,学校全体で判断・対応する体制をとりましょう。

引用文献

  • Becker, S. (2007). Global perspectives on children's unpaid caregiving in the family: Research and policy on "young carers" in the UK, Australia, the USA and Sub-Saharan Africa. Global Social Policy, 7(1), 23-50.
  • Bronfenbrenner, U. (1979). The ecology of human development: Experiments by nature and design. Harvard University Press.
  • Felitti, V. J., Anda, R. F., Nordenberg, D., Williamson, D. F., Spitz, A. M., Edwards, V., Koss, M. P., & Marks, J. S. (1998). Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults: The Adverse Childhood Experiences (ACE) Study. American Journal of Preventive Medicine, 14(4), 245-258.
  • Harris, M., & Fallot, R. D. (Eds.). (2001). Using trauma theory to design service systems. New Directions for Mental Health Services, 2001(89), 1-104.
  • 厚生労働省. (2021). ヤングケアラーの実態に関する調査研究報告書(令和2年度子ども・子育て支援推進調査研究事業).

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