海外の教室、日本の教室――『主体性』の前提がそもそも違う

こんなこと、感じたことはありませんか?
- 子どもに「もっと主体的に」と声をかけても反応が薄い
- 海外の授業実践を参考にしても、教室がうまく回らない
- 自分の関わり方が悪いのではと、少し自信をなくしている
わたしも長年、学校現場にいて、そんな場面をたくさん見てきました。
そして大学で教員養成に携わる中で、ある違和感を強く持つようになりました。
それは、日本と海外では「主体性」という言葉の前提が、そもそも違うのではないか、という問いです。
私は長年、多くの先生方の相談を受けてきました。
その経験から言えるのは、海外の実践をそのまま取り入れてうまくいかなくても、先生の力量不足とは限らない、ということです。
この記事では、「主体性=自分の意見を言う力」という単純な理解をいったん脇に置き、日本と海外の教育文化の違いから主体性を捉え直します。
読み終えたとき、子どもの見方と、先生ご自身へのまなざしが、少し柔らかくなるはずです。
主体性は、比べるものではなく、育ち方を理解するものです。
1.Point:主体性とは「正解のない状況に向き合う力」です
結論からお伝えします。
主体性とは、「自分の意見を言えること」ではありません。
主体性とは、正しい答えがまだわからない状況で、立ち止まり、考え、試し、修正していく力です。
たとえて言えば、「地図に記載がない道を歩く登山」のようなものです。
一方で、学校現場でよく使われる「自主性」は、少し性質が違います。
自主性とは、やり方や目的がある程度わかっている中で、自分から取り組む力です。
たとえて言えば「地図をもって歩く登山」です。
どちらが良い、悪いという話ではありません。
ただ、扱っている課題の性質が違います。
この違いを区別しないまま「主体性を育てよう」とすると、子どもも先生も苦しくなります。
2.Reason:海外と日本では「課題の前提」が違います
なぜ、この整理が必要なのでしょうか。
理由は、海外と日本では、学びの前提条件が大きく異なるからです。
海外の授業では、
- 正解が一つに定まらない
- 意見の違いが前提
- 試行錯誤そのものが評価対象
こうした課題が多く設定されます。
そのため、主体性は「試しながら考える力」として自然に育ちます。
一方、日本の学校では、
- 手順が明確
- 正解が想定されている
- 間違いは修正の対象
こうした課題が多くなりがちです。
これは決して悪いことではありません。
学力や規律、集団の安定を支えてきた重要な文化です。
ただ、この環境では、子どもが発揮しているのは多くの場合「自主性」です。
それを「主体性が足りない」と評価してしまうと、ズレが生じます。
先生方の中にも、「自分で考えさせたいのに、指示待ちになる」
そんなもどかしさを感じた経験があるかもしれません。
それは、子どもが怠けているからでも、先生の力不足でもありません。
課題が求めている力と、評価している力が一致していないだけです。
3.Example:現場で見てきた具体的な場面から
わたしがコーチングで関わった若手の先生の話です。
その先生は、「主体的に動けない子が多い」と悩んでいました。
詳しく話を聞くと、授業の流れは丁寧に設計されていました。
発問も板書も明確。
子どもたちは指示されたことは、きちんとこなします。
ただ、想定外の質問を投げかけると、教室が静まり返る。
先生は「考えていないのでは」と不安になります。
ここで一緒に整理したのが、「いま求めているのは主体性か、自主性か」という問いでした。
その授業では、
- 正解がある
- 到達点が決まっている
- 間違いはその場で修正される
条件がそろっていました。
子どもたちは、真面目に自主的に取り組んでいたのです。
別の場面では、こんなこともありました。
総合学習で、テーマだけを提示し、評価基準も曖昧にした授業。
最初、子どもたちは戸惑いました。
「何をすればいいかわからない」と言います。
そのとき、先生は答えを教えませんでした。
代わりに、「どこがわからないか」を一緒に言葉にしました。
すると、少しずつ動き始めました。
試して、失敗して、やり直す。
ここで育っていたのは、まさに主体性でした。
重要なのは、主体性は「放任」では育たない、ということです。
わからなさを支える関わりがあって、初めて立ち上がります。
4.Point:主体性と自主性を使い分けるという視点
ここまでの話を、もう一度まとめます。
- 自主性
やり方がわかっている課題に取り組む力
正確さや再現性が求められる場面で必要 - 主体性
正解がわからない課題に向き合う力
試行錯誤や迷いが前提になる
学校では、どちらも必要です。
大切なのは、いま、どちらを育てようとしているのかを自覚することです。
主体性を育てたいなら、
- すぐに正解を示さない
- 間違いを評価から切り離す
- 試したこと自体を言葉にして認める
そんな関わりが、先生自身を少し楽にします。
まとめ:主体性は「育てる前に理解するもの」
主体性は、足りないものではありません。
見えにくいだけかもしれません。
海外と日本の違いは、優劣ではなく前提の違いです。
主体性と自主性の違いを整理することで、子どもの姿も、先生自身の実践も、少し違って見えてきます。
無理に変えなくていいものもあります。
少し緩めていい関わりもあります。
先生方の毎日は、本当に尊いものだとわたしは思います。
わたしも、いつも道半ばです。
一緒に考え、学んでいけたら嬉しいです。
