自分の感情の波を感じる力〜教師が身につけたい「感情のセルフモニタリング」

Point:自分の感情を感じる力が教師のメンタルヘルスの土台となる

教師のメンタルヘルスを支える最も重要な力、それは「自分の感情を感じる力」です。

多くの先生方が、日々の忙しさの中で自分の感情を後回しにしてしまいます。
「生徒のことを考えなければ」「やるべきことがたくさんある」そんな思いで、自分の心の声に耳を傾ける時間を失ってしまうのです。

しかし、感情は私たちの心と体が発する大切なサインです。
疲れているときは「休みなさい」と教えてくれます。
イライラしているときは「何かが負担になっている」と知らせてくれます。
悲しみは「大切なものを失った」ことを、喜びは「価値あることができた」ことを教えてくれるのです。

この感情のサインを受け取る力を育てることで、燃え尽きる前に立ち止まることができます。
感情的になってしまう前に、自分の状態に気づくことができます。
そして結果的に、生徒たちにも同僚にも、より穏やかで安定した関わりができるようになるのです。

Reason:なぜ教師は感情を感じることが難しくなるのか

なぜ、多くの先生方が自分の感情を感じることが難しくなってしまうのでしょうか。
わたしがこれまでお話ししてきた先生方の体験から、いくつかの理由が見えてきます。

まず、教師という職業の特殊性があります。

学校では常に「先生」として振る舞うことが求められます。
生徒の前では冷静でなければならない、保護者には信頼される存在でいなければならない。
そんな役割期待の中で、自分の本当の気持ちを抑え込む習慣が身についてしまうのです。
そしてそれは無意識で行われており、忙しい毎日を送ることで、気づくことなく過ごしています。

ある中学校の先生は、こんなことをおっしゃっていました。
「家に帰っても、なんだかまだ『先生モード』が抜けなくて。自分が今、嬉しいのか悲しいのかも、よくわからなくなってしまう」。
これは決して珍しいことではありません。

また、学校現場の忙しさも大きな要因です。一日に何十回も生徒と関わり、授業をし、事務作業をこなす。
そんな中で「今、自分はどんな気持ちだろう」と立ち止まる時間は、なかなか持てません。
気がつくと、感情を感じることよりも、次にやるべきことを考えることが習慣になってしまいます。

さらに、「感情的になってはいけない」という思い込みも影響しています。
教育現場では「冷静な判断」「客観的な視点」が重視されがちです。
もちろん、それらは大切なことですが、感情を排除することとは違います。
感情を感じることと、感情に振り回されることは、まったく別のことなのです。

わたし自身、教師時代にはプロとして「感情を出してはいけない」と思い込んでいました。
しかもそれは無意識に。生徒の前で怒ってしまったとき、悲しくなってしまったとき、「プロとして失格だ」と自分を責めていたのです。
しかし、心理学を学び、多くの先生方とお話しする中で気づいたことがあります。
感情を抑え込むことで、かえって爆発的に感情が溢れ出してしまったり、慢性的な疲労感に悩まされたりすることが多いということです。

東日本大震災で家族を失ったとき、わたしは初めて自分の感情と真正面から向き合うことになりました。
悲しみ、怒り、絶望感……。
それまで「感じてはいけない」と思っていた感情たちでした。
そしてそれはとてつもなく深く,自分のやっていることだけじゃなく、自分自身が生きる意味さえも感じることができませんでした。

でも、その感情たちを受け入れることで、逆に心の平穏を取り戻すことができたのです。
感情は敵ではない。
大切な自分でもあり、親友のようなものでもあるのだと、そのとき初めて理解できました。

Example:感情を感じる力を育てる具体的な方法

では、具体的にどのようにして「感情を感じる力」を育てていけばよいのでしょうか。
わたしがこれまでの経験から学んだ、実践しやすい方法をいくつかご紹介します。

1. 一日3回の「感情チェックイン」

最も簡単で効果的な方法は、一日に3回、自分の感情をチェックすることです。
朝起きたとき、昼休み、そして一日の終わり。
この3つのタイミングで「今、わたしはどんな気持ちだろう?」と自分に問いかけてみてください。

答えは「疲れている」「なんとなくモヤモヤしている」「意外と元気だ」といった簡単なもので構いません。
大切なのは、正確に分析することではなく、自分の内側に意識を向ける習慣をつくることです。

ある小学校の先生は、この方法を3か月続けたところ、「自分がイライラしやすい時間帯がわかるようになった」とおっしゃっていました。
午後の2時頃に疲れのピークが来ることに気づき、その時間帯は少し深呼吸をしたり、水分を取ったりするようになったそうです。
結果的に、放課後の生徒指導でも穏やかに対応できるようになったと話してくれました。

2. 体の感覚に注目する「ボディスキャン」

感情は必ず体のどこかに現れます。
肩に力が入っているとき、お腹が重く感じるとき、胸がざわざわしているとき。
これらはすべて、感情からのメッセージです。

一日に一度、できれば寝る前に、頭のてっぺんから足の先まで、体の感覚をゆっくりと確認してみてください。
「今日、肩がとても凝っているな」「胃のあたりが重い感じがする」そんな気づきがあったら、「どんな出来事がきっかけだったかな?」と振り返ってみるのです。

わたしも、カウンセリングをしていて難しいケースに出会ったとき、胸のあたりが締め付けられるような感覚になることがあります。
以前はその感覚を無視していましたが、今はそれを「このケースは慎重に進めなさい」というサインとして受け取っています。
体は、頭で考えるより早く、大切なことを教えてくれるのです。

3. 感情に名前をつける

「なんかモヤモヤする」「イライラする」といった曖昧な表現から、もう少し具体的な感情の名前をつけてみましょう。
心理学では、感情に名前をつけることで、その感情をコントロールしやすくなることがわかっています。

たとえば「イライラ」も、よく観察してみると「焦り」「不安」「悲しみ」「孤独感」など、いろいろな感情が混じっていることがあります。
ある高校の先生は、生徒指導でうまくいかないとき、最初は「イライラしている」と感じていました。
でも、よく自分の心を見つめてみると、それは「この生徒を何とかしてあげたいのに、うまくいかない悔しさ」だったことに気づかれました。

そう気づくと、生徒への接し方も変わったそうです。
「叱る」のではなく「一緒に考える」姿勢で関わるようになり、結果的に生徒との関係も改善されたとのことでした。

4. 感情日記をつける

時間があるときで構いませんので、簡単な感情日記をつけてみてください。
その日に感じた感情を2〜3行で書くだけです。
「今日は新人の先生のフォローができて嬉しかった」「保護者からのクレームで落ち込んだ」「生徒の成長を感じて感動した」といった具合です。

大切なのは、ポジティブな感情もネガティブな感情も、どちらも同じように大切なものとして記録することです。
わたしたちはつい、ネガティブな感情を「悪いもの」として扱いがちですが、それらも私たちに何かを教えてくれる大切なメッセージなのです。

ある中学校の管理職の先生は、1年間感情日記を続けた結果、「自分が一番エネルギーを感じるのは、若手の先生たちが成長している瞬間だ」ということに気づかれました。
それ以来、若手育成により時間を割くようになり、学校全体の雰囲気も良くなったそうです。

5. 呼吸と一緒に感情を観察する

忙しい一日の中でも、ほんの1〜2分でできる方法があります。
深呼吸をしながら、その瞬間に感じている感情を観察するのです。

息を吸いながら「今、わたしは少し疲れているな」、息を吐きながら「でも、今日も一日頑張れた」。
そんな風に、呼吸と一緒に自分の感情を受け入れてあげてください。

これは、授業の合間や、職員室で一人になったとき、帰宅途中の車の中など、どこでもできます。
継続することで、自分の感情の波を客観的に見る力が育っていきます。

わたしも、カウンセリングの前には必ずこの方法で自分の状態をチェックします。
自分が落ち着いていることで、相手の方の気持ちもより深く理解できるようになるからです。

Point:感情を感じる力は練習で育つ〜今日から始める小さな一歩

感情を感じる力は、筋力と同じで、練習することで必ず育ちます。
最初はうまくいかなくても、少しずつ自分の心の動きに気づけるようになります。

大切なのは、完璧を目指さないことです。
「今日は感情に気づけなかった」と自分を責める必要はありません。
気づいたときに「あ、今、こんな気持ちなんだな」と受け入れてあげるだけで十分です。

感情を感じる力が育つと、不思議なことが起こります。イライラしても、以前ほど長引かなくなります。
疲れていても、適切なタイミングで休むことができるようになります。
そして何より、生徒たちの感情にも、より敏感に気づけるようになるのです。

わたしたち教師の仕事は、人と人との関わりです。
自分の感情と仲良くなることで、目の前の生徒たちともより深くつながることができるはずです。
まずは今日、この瞬間の自分の気持ちを、そっと受け入れてあげることから始めてみませんか。

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